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カイロプラクティックの歴史
History of Chiropractic
はじまりから日本での発展まで
カナダ生まれの米国人、DDパーマー(ダニエル・デービッド・パーマー)によって1895年(明治28年)によって創始された徒手療法であり、彼が設立したアイオワ州ダベンポートにあるパーマー・スクール・オブ・カイロプラクティックを卒業した川口三郎(かわぐち さぶろう)によって、1916年(大正5年)に日本へ伝えられました。日本人最初のカイロプラクターは1907年にパーマースクールを卒業した森久保繁太郎(もりくぼ しげたろう)ですが、彼は卒後、米国で生涯を過ごしました。その後、かなりの数の日本人が米国へ留学しましたが一時途絶え、1961年、戦後初のカイロプラクター、竹谷内一愿(たけやち かずよし)がナショナル・カレッジ・オブ・カイロプラクティックを卒業し帰国しました。その後、多くの日本人がアメリカでカイロプラクティックを学び帰国し日本へその理論と技術を伝えました。現在では日本国内でも日本語で、アメリカや海外で行われている国際基準のカイロプラクティック教育が学べる環境が整っています。
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| D.D.パーマー (1845-1913) |
川口三郎 (1885-?) |
カイロプラクティックの基礎教育と 安全性に関するガイドライン(日本語翻訳版) |
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| 1895年 | 米国アイオワ州ダベンポートでDDパーマーによりカイロプラクティックが創始される |
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| 1897年 | 最初のカイロプラクティック教育機関、パーマースクール開校 |
| 1905年 | 米国ミネソタ州で初のカイロプラクティック法制化 |
| 1907年 | 森久保繁太郎、日本人初のカイロプラクターとなるが米国で生涯を過ごす |
| 1916年 | 川口三郎、帰国してカイロプラクティックを日本に始めて紹介する |
| 1923年 | アルバータ州でカナダ初カイロプラクティック法制化 |
| 1933年 | FCLB の元となるカイロプラクティック州免許委員会が設立 |
| 1939年 | スイス・チューリッヒ地方で、北アメリカ以外で初の法制化 |
| 1944年 | 奨学金や研究に関わるFCERの設立 |
| 1963年 | 州試験の統一性を図るためNBCE(ナショナルボード)設立 |
| 1969年 | 戦後初の日本人カイロプラクターが帰国する |
| 1974年 | 米CCEが政府に認可されカナダ、ヨーロッパ、太平洋州に広がる |
| 1979年 | ニュージーランド政府がカイロの有効性を認める報告書作成 |
| 1987年 | ウィルク裁判で米国医師会が敗訴、カイロプラクターの勝利 |
| 1988年 | 80ヶ国以上が加盟するWFC(世界カイロプラクティック連合)設立 |
| 1995年 | カイロ生誕100周年記念が全米各地で開催される |
| 1995年 | 日本初の国際基準教育機関、RMIT大学日本校開校 |
| 1997年 | WHO(世界保健機関)のNGOにWFCが正式加盟 |
| 1999年 | JAC(日本カイロプラクターズ協会)がWFC日本代表団体として加盟 |
| 2005年 | RMIT大学日本校、日本およびアジア地域初のCCE認可校となる |
| 2005年 | WHOによるカイロプラクティック・ガイドライン完成 |
| 2006年 | WHOのガイドラインの日本語版完成 |
| 2006年 | 日本で二番目の国際基準教育機関、マードック大学インターナショナル開校(2010年閉校) |
| 2008年 | WHO伝統医療学会ヘルスケアの手技療法シンポジウムが北京で開催 |
| 2009年 | RMIT大学日本校が東京カレッジ・オブ・カイロプラクティックへ名称変更 |
| 2011年 | 日本初のカイロプラクティック統一試験がJCRとIBCEにより開催 |








